キタキューヘリテージ  Kitakyu Heritage

北九州の【鉱滓煉瓦】のお話

time 2013/03/10

北九州の街を歩けば気付く、煉瓦の壁。

いわゆる”赤れんが”とは違う、灰色がかったブロック。
コンクリートとも違うみたいだし、石のようでもない。

これは【鉱滓煉瓦(こうさいれんが)】だ。
鉱滓(こうさい)とは鉄を作る際にでる、滓(かす)でスラグとも呼ばれる物。
製鉄の際、溶鉱炉で鉄鉱石を高温で溶かし、銑鉄とそれ意外の滓に分けるのだが、その際に出る鉄の副産物だ。

お豆腐で言うと”おから”だね。

1901年(明治34年)官営八幡製鉄所がに火が入り、”鉄のまち”として活気に溢れる時代が訪れる。
作られた鉄はその後、日本の近代化を支える礎となり、国会議事堂にも使われたと言われる。
しかし製鉄時、鉄1トンに付き300kgも出てくる鉱滓には頭を悩ませる事となる。
ドロドロに溶けた鉱滓は鉄との比重の違いにより分離されるが、冷えると結晶質の固い岩石に戻った。

これには困った!
大量に生まれる鉱滓は砕いて道路基盤にしたり建材にしたりもしたが、大半は埋め立てに使われたと言う。
しかし研究の結果、この”困ったちゃんおから”を有効活用出来る技術を開発する。
【鉱滓煉瓦(こうさいれんが)】の誕生である。
1907年(明治40年)頃の話だ。
産業廃棄物として焼却処分されていた”おから”を有効活用して”おからドーナツ”を作った、みたいなもんだね。
その後、北九州各地でこの安価な煉瓦は建築へと使われた。
個人宅の壁や倉庫・蔵、あるいは工場等へと姿を変えている。

民家の塀


変電設備


三角屋根の蔵


エッジの効いた四角!な蔵


お寺の壁も鉱滓煉瓦

その中でも最大級の建築は、門司赤煉瓦プレイスに存在する”門司麦酒煉瓦館”だ。

1913年(大正2年)に帝国麦酒会社の事務所棟として建築された豪華な建物だ。

凝ってるなぁ


よく見ると意匠に合わせて煉瓦の形が作られているが、焼成を必要とせず、冷やし固めるタイプの煉瓦な為、形の自由度が高いのだ。
その隣の醸造棟は一見すると赤煉瓦の建造物だが、内部は鉱滓煉瓦の2重構造。

表から見ると美しい赤煉瓦


しかし内側は鉱滓煉瓦の壁


上からモルタルを塗られていた様だ。

おそらく強度の問題などで、建築基準を満たさないためか、民家や人が居住する建築には使われてはいない。

今現在、新しい鉱滓煉瓦を見る事が無い事から察するに、現在鉱滓煉瓦はほとんど製造されていないようで、調べると1981年(昭和56年)にすべての鉱滓煉瓦の製造は終了したと言う事だ。

現在では製鉄時の鉱滓は、粉砕され一般的な石灰を使用したセメントに混合した「高炉セメント」として広く使われている。

↑たまたま並んだトラックに高炉セメントが!

北九州生まれの【鉱滓煉瓦】、街を歩けばどこにでも見つけられる事が出来る。
なんか古くさい壁だな、と思っていたけど、北九州の近代化と共に広がった鉱滓煉瓦に思いを馳せれば、ちょっとは愛おしく思えるんじゃないですか??

///Kitakyu Heritage キタキューヘリテージ
Write by  “Taka”

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「0哩 ゼロマイル〜北九州の近代化遺産〜」が「Kitakyu Heritage キタキューヘリテージ」として新たに出発しました。北九州のディープな魅力を再発見!

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北九州市在住。ベスパとハーレー、両極端のバイク乗り。北九州を愛し、北九州の魅力の再発見に余念が無い。人と人、歴史の点と点、結びつければ歴史が紐解かれる。