キタキューヘリテージ  Kitakyu Heritage

くろがね堅パンのお話

time 2013/09/26

1901年(明治34年)、八幡製鉄所に火が入り、北九州が鉄の街として近代化が進む。
製鉄所構内で、その熱された鉄を取り扱う仕事が大変な物であった事は想像に難く無い。
それは今も昔もきっと変わらない重労働だ。
そんな中産まれた、今となっては隠れた『北九州名物』が今日のテーマだ。

【くろがね堅パン(くろがねかたぱん)】だ。
正確な年代は不明だが、パッケージによると大正末期に誕生した様だ。1920年代くらいかな?

この【くろがね堅パン】の特徴は何と言ってもその名の通り、くろがね、すなわち鉄の様な堅さにある。

”とか言っても食べ物なんだからたかが知れてるでしょ”と考えるあなた、甘いよ。
歯、折れるよ。

製鉄時の熱した鉄をローラーで圧延する方法と同じく、徹底的に水分を取り除き延ばし焼いたその”堅パン”は、まず前歯じゃ無理
奥歯で端から小さく割って食べるのが正解。

いや、正解かどうかは解らないが、少なくとも僕はそうしてきた(笑)

過酷な労働条件の中働く製鉄マンの栄養補助食品として誕生したそれは、今も根強い人気だと言う。
元々は製鉄所が八幡に精米工場を建設した際、廃棄される胚芽に材料を加えて焼いた物が始まりらしい。

鉱滓煉瓦にしてもそうだが、当時のリサイクルやエコの意識は今の環境都市北九州、に通じるね。

水分を徹底的に排しているため、長期保存が利き、災害時の保存食としても有効。
また、登山やアウトドアの非常食としても一部のハイカーに人気があるらしい。

その堅さから”お子様の歯ガタメに・・・”と言う表記もあるが、むしろヤワな現代っ子にカツを入れてやれ、と思う。

・・・さて、気になるお味だが、実はその堅さとは裏腹にとても優しい甘さでおいしい。
パンと名がつくが、ビスケットやサブレの様な甘いお菓子だよ(堅いけど)

小さく砕いたそれを奥歯で噛み締めると、柔らかな甘みが口に広がり甘い香りが鼻を抜ける。

確かにその堅さから食べ続けるのは容易ではないが、後を引くおいしさはまさにふるさとの味。
ま、自分の子供時代でも「堅パン買って来たっちゃけど(笑)」位の”話のネタポジション”だったが(苦笑)


(画像はイメージです)
しばらくは製鉄所内の購買部でだけ販売していたが、人気が高まるにつれ一般向けにも販売されるようになり、今に至る。

現在は株式会社スピナが製造しているが、市内のスーパーや駅の土産物としても販売していて、もはや隠れた北九州名菓だ。
ちなみに「スピナ」は英語の「スピナッチ(ほうれん草)」から。すなわち分豊富って事からの社名だ。いかにも八幡らしくて良い。
豆知識だ!
製鐵所購買会→テツビル→スピナ その名に懐かしさを感じて涙でる

さらに歴史の古いとされる【くろがね羊羹】も忘れずに。

高炉のシルエットが描かれたこの羊羹も、そもそもは従業員の為に1926年(大正15年)頃に作られたと言う。

甘い物が貴重だった頃に、上白糖を使用したこの甘い羊羹はたいへん喜ばれたそうだ。

重労働の作業者は食べやすいスティック状の羊羹をポケットに忍ばせ、仕事の合間に食べていたらしい。

この【くろがね堅パン】【くろがね羊羹】、最近は食べた事無い、なにより知らない、って子も多いらしい。
ぜひともその味を噛み締めて、北九州が歩んで来た歴史を振り返ってみて欲しい物だ。

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About Kitakyu Heritage

「0哩 ゼロマイル〜北九州の近代化遺産〜」が「Kitakyu Heritage キタキューヘリテージ」として新たに出発しました。北九州のディープな魅力を再発見!

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Taka

Taka

北九州市在住。ベスパとハーレー、両極端のバイク乗り。北九州を愛し、北九州の魅力の再発見に余念が無い。人と人、歴史の点と点、結びつければ歴史が紐解かれる。