キタキューヘリテージ  Kitakyu Heritage

門司港駅職員の誇りが映る【誇りの鏡】

time 2018/11/20

門司港駅

九州の鉄道の起点「0哩(マイル)」であり、駅舎は1914年(大正3年)に竣工され、現在は国指定重要文化財にもなっている。

その歴史は100年を超え、老朽化のため2012年(平成24年)から大規模な改修工事に入り、2019年(平成31年)3月にグランドオープンを迎える。
2018年(平成30年)11月には一部の駅機能が部分開業されその姿が少しずつ現れ始めた。

日々利用される人、観光に訪れる人、新しい門司港駅を見学に来た人、たくさんの人々が門司港駅にやってきている。

しかしその多くの人々が知ることもなく、誰もが気にも止めず通り過ぎてゆくひとつの”物語”がここにあった。

改修中は仮設の「みどりの窓口」として機能していたが、部分開業に伴いその役割を終え人の流れも変わってしまった。


その傍らにそれは掛けられていたが、場所柄もあってか誰もが足を止める様なことはなかった。


【誇りの鏡】だ。

「池田左門司氏出生記念」と掲げられたこの【誇りの鏡】にまつわる門司港駅のエピソードを紹介しよう。

◇◇◇

時は遡り1945年(昭和20年)8月。

終戦を迎え、大陸よりの引き揚げ者が船で門司港へ戻ってきており、門司港駅も人でごった返していた。
3才の小さな子を連れた池田うた子さんもその一人だった。
夜遅く、乗り継ぎの列車もなかったため、駅で夜を明かそうと思っていた矢先の出来事だった。

身重だったうた子さんが突然苦しみ始めた。陣痛がやってきたのだ。
茨城出身で釜山からの引き揚げ者、まわりに人はたくさんいても身寄りのない地、小さな子の手を取るも不安でたまらなかった。

その異変に気付いたのは当時門司港駅で貨物係として勤務していた土屋重利さんだった。
幼子を背負い、うた子さんをリヤカーに乗せ、励ましの声をかけ続けながら街を回った。

しかし午後9時を過ぎたあたりの時刻、夜遅いこともあり病院に医者はおらず、土屋職員は自宅へと連れ帰った。

近所の女性をかき集め、適切な処置のもと、1945年(昭和20年)8月21日、門司のこの地でひとりの男の赤ちゃんが無事産声をあげたのだ。

2週間後、遅れて帰国した池田益一郎さんと再会を果たした。
この地で人の温情に触れ、大切な命を守れたこと、その気持ちを忘れない様にと、この男の子に「左門司(さもんじ)」と命名した。
家族は揃って元気に故郷である茨城へと戻っていった。

時は流れそれから26年後。
左門司さんは結婚することになった。

誕生日の度に両親から聞かされていた出生の話は、「自分を助けてくれた人にぜひ結婚式に来て欲しい」と言う思いに変わった。

手を尽くしその時の職員を突き止めることができた。
当の土屋職員は「国鉄職員として当然ことをしたまで」と一時は招待を辞退したが、その熱意に押され結婚式に出席した。

式が終わり左門司さんの父 益一郎さんが土屋職員に送ったのが楕円形をした鏡であった。

当時の第36代門司港駅駅長であった萩原幸男さんが

「国鉄職員の誇りである」

と、この鏡を【誇りの鏡】と名付け門司港駅に掲げた。

駅という人の思いとドラマが交錯する場所、時間はとめどなく流れるが、この【誇りの鏡】は門司港駅に掲げられ、今もなお鉄道員の襟を正しているのだ。

◇◇◇

この鏡は常に駅事務所の中に掲げられていたが、現在は改修中のため一時的に仮設の場所にかけられているそうだ。

↑改修前、駅事務所に掲げられていた頃の写真

恐らくグランドオープンに際してはまた駅事務所の中で大切に日々駅員を見守り続けるのだろう。
駅員の話によればいつまでここにあるとは言えないが、今現在であれば気軽にこの【誇りの鏡】を見ることができる。

門司港駅の長い歴史の中での一つのエピソードに過ぎないのだが、この鏡は門司港駅職員に「誇りあれ」と日々語りかけているのだ。

Kitakyu Heritage
Written by Taka


参考文献
・2006年発行 桃坂豊 著 「九州鉄道ものがたり」
・昭和60年発行 北九社研協 門司区社会科同好会 編 「門司港駅ものがたり」

*文中には参考文献に倣い実名を使わせていただきました。

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「0哩 ゼロマイル〜北九州の近代化遺産〜」が「Kitakyu Heritage キタキューヘリテージ」として新たに出発しました。北九州のディープな魅力を再発見!

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Taka

北九州市在住。ベスパとハーレー、両極端のバイク乗り。北九州を愛し、北九州の魅力の再発見に余念が無い。人と人、歴史の点と点、結びつければ歴史が紐解かれる。