2024/07/01
北九州市小倉南区春吉。
市街地からそれほど遠く無い紫川の上流に位置する渓谷は、澄んだ水と穏やかな時間が流れる。
昔々、上流特有の流れの速い川には板きれを渡しただけの簡素な橋があった。
日中、里山で大人達は農作に励んでいたのだろうか?
ひとりの女の子は子守りをしていたそうな。
小さなこどもを背負いあやしながら大人の手伝いをしていたのだろうか。
ある日その女の子は不安定な板橋を踏み外し転落死してしまった。
1917年(大正6年)の事だ。
小さな集落だ、人々は嘆き悲しんだに違い無い。
そんな中、この悲劇を二度と繰り返すまいと頑丈な橋を建設しようとする気風が高まった。
春吉の人々は寄付金を出し合うも、時代は折しも第一次世界大戦後、インフレにより資金集めには苦労したと言う。
女の子の転落死から2年後の1919年(大正8年)、板きれの橋とは打って変わった立派な橋が完成した。
【春吉の眼鏡橋(はるよしのめがねばし)】だ。
隣の道原地区の石工が建築に関わっていたようで、市内唯一の石造二連アーチ橋だ。
橋のたもとに設置された石碑には寄付者58名の氏名、寄贈額、石工の名が刻まれていると言うが、100年近い歴史に風化が進み、それを読み取るのは難しい。
使われている石材は全てこの近辺の紫川で採れた石だ。
高欄(てすりの部分)は建設当時には無く、数年後取り付けられたそうだ。
より安全な方がいいね。
今は擬木の高欄が付けられている。
上流側の橋脚には水圧を逃がす為に、船の舳先のような三角形になっているが、これも後に増設されたらしい。
近年コンクリートで補強はされているが、よく見ると”鼻”のあたりの石積みに不自然さを感じなくも無い。
聞く話ではなんでも役所の人間から「これでは流されてしまう」と指摘されたと言う事だ。
現在でも当たり前のように生活道路として使われていて、車が通行出来る程の強度を持つ。
ただし2トンまでよ。
そばにバス停はあるものの休日運休、平日も実に長閑な時刻表だ。(2012年現在)
今も昔も枯れる事無く流れ続ける紫川。
小倉市街地の「紫川マイタウン・マイリバー整備事業」で整備された紫川10橋。
その中心街まで流れる川の上流には100年の歴史を刻む橋がある。
この集落に100年前の悲しい出来事は語り継がれ、これからも大切に、大切にされてゆくだろう【春吉の眼鏡橋】
河原まで降りられる階段もあり、橋の下では夏場には水遊びも楽しめる。
謙遜を離れ水の流れる音を聞きに行くのも良い。
しかし集落の人々の想いが詰まった橋だ、やはり僕達も歴史を知り、大切にしなければと強く思のだ。
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コメント
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良いところですよね。町中から近いところに、このような場所が有るとほっとします。
何度か絵を描きに行きました。水の音と鳥のさえずりを聞きながら描くのは最高でした。
by ST 2013-07-27 21:42
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私も大好きな場所です。
ちょうどこの季節は涼を求めて子供達とでかけますよ。
自然の音の中、絵を描くのもなかなか気持ち良さそうです(^^)
by Taka 2013-07-28 09:13